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そして、”足の便”がメチャメチャ良い街!!
●地下鉄(東京メトロ)丸の内線 ・荻窪方面(新高円寺、南阿佐ヶ谷、荻窪、等) ・方南町方面(中野新橋、中野富士見町、方南町) ・池袋方面(新宿、赤坂見附、銀座、東京、池袋、等) ※「新宿」まで4分! ●都営地下鉄大江戸線 ・練馬・光が丘方面(東中野、練馬、光が丘、等) ・新宿・六本木方面(都庁前、青山1丁目、六本木、麻布十番等) ※「六本木」まで15分!
このエリアは、江戸時代の終わり頃は「中野村」と呼ばれ、宝仙寺 を中心とした”3重の塔”があったことからもわかるように、実質的に周辺地域(=現在の中野区全体)の中心と言われていました。 時代が明治・大正〜昭和と移り変わり、まず、戦前頃は中野坂上一帯が”山の手”と呼ばれ、お屋敷等が立ち並ぶ高級住宅街でした。そして現在では、交差点の高層ビルが次々と建設されていることからもわかるように、新宿副都心の高層ビル街に”取り込まれた”感がありますが、中野区のビジネス街の中心的存在として、バブル後の今もなお着々と発展し続ける、常に発展途上の街と言えます。 (株)ユー・コーヒーの創業時(1970年頃)は、まだ木造2階建ての建物が密集した商店街、民家、お屋敷等が混在する街並みでした。新宿の中心部(東口・西口)からは、700〜1000m程度の距離にあるため、徒歩でも10〜15分で新宿に行くことが可能です。ただ、あまりにも新宿に近い(というより近すぎる!)という便利さがもたらした副産物として、各種商店・飲食店等が必要以上には発展しない、どちらかといえば田舎的な街並みでした。(特に飲食店の数が少ないという点に関しては、この街に住む若い世代にとって未だ不満が残ってるようで、この街が抱える永遠のテーマ?なのかもしれません。) ※秘蔵写真を大公開!創業当時のユー・コーヒー&中野坂上 もしまだ中野坂上に足を踏み入れたことが無い方は、ぜひ一度訪れてみてください。そして、青梅街道・山手通り、どちらの大通りでもかまいませんが、ためしにちょっと路地裏に入ってみてください。古くからのお屋敷、商店等が意外に残っています。そしてこの街で暮らす人々と会い、話していると、この”高層ビル街”というイメージからは想像できないような、”味のある”下町情緒を感じることができますよ。(もっとも手っ取り早いのは、「ユー・コーヒーはうす」にご来店いただくことかもしれません。ここでは、高層ビルで働くサラリーマンの方、地元の方々、それぞれ幅広い年齢層のお客様にご利用頂いており、いつもにぎやかです。)